生活指導、春風号!! 紅姉さんの勤務日誌の巻

 その界隈は入り組んで、宇宙船事故が多い。破損した宇宙船が漂うと更に危険が増すという、悪循環。
 すると「先飛行生物」ばかりがその場を闊歩するようになる。宇宙船が開発される前から生身で宇宙空間を飛び回っていた、便利な生き物である。
 宇宙パトロール隊員・紅姫は、その「先飛行生物」という属性故に、単身巡回中である。地元の警察から未成年の補導と注意喚起を要請されたのだ。
「あなた達、こんな所で戯れてないで帰んなさい! お姉さん、怒ると怖いわよ!」
 紅姫は頭髪の薄い初老の男性である。心は乙女だが。
 宇宙空間に浮遊している氷塊で花札をしていた青少年達が、賭けていた小銭をポケットに突っ込む。
「お巡りさん、こんなトコで俺らに注意する暇あったら、もっとやることあんじゃね~の?」
「あなた達の相手も大事なお仕事だから、安心して頂戴」
先飛行生物は大概、二つの姿を持っている。コスパのいい小さな姿と、宇宙飛行に適した大きな姿だ。青少年達は小さな体をするすると変化させて、各々のもう一つの姿になる。翼があったり鰭があったりと、種族は様々だ。
飛び去る中に、翡翠色のドラゴンがいた。紅姫はそれを目で追う。
最近、家出っぽいドラゴンが界隈をほっつき歩いていると報告があった。ドラゴンは能力が高い。非行に走ったら後々面倒だから、今のうちに捕獲して親元に帰そうという、大人達の魂胆である。
 紅姫は少年の後を付けた。

 銀河少年は花札を切り上げ、人工惑星に移動した。
 ゲームセンターの格闘ゲームで賭け金を巻き上げ、食糧を買った。町を歩くと、ショーウィンドウに自分の姿が映る。子供っぽい顔。小さな背丈。
 さっきの警察官の姿が浮かぶ。臭いでわかる、あれは同種だ。そして立派な大人だ。
「はぁい、坊や!」
 ウィンドウに当の警察官が映りこんで、銀河はぎょっと振り返った。
「さっき花札してた子よね。お家はどこかしら?」
 甘い声がカンに触った。すぐにでも飛び立ちたいが、人工惑星でドラゴンの姿にはなれない。重量がありすぎる。
「お名前は? お姉さんとちょっとだけ、お話ししてくんないかなぁ」
 銀河はやおら駆けだし、路地を曲がる。宇宙船発着場に飛び込んで、先飛行生物専用の出入り口から宇宙空間に身を躍らせた。
 するするとドラゴンの姿になると、翼を力強く動かし、スピードを上げた。早く寝床に戻ろう。待ってる人がいるのだから。

 紅姫はパトロール艦・春風号に戻った。
「あの子、見かけほど幼くないわ」
 艦長・霧雨が、煎茶を飲みながら報告をきく。
「発育不全ね。あたし達ドラゴンは脱皮して大きくなるんだけど。たま~に脱皮できない子がいるのよ。体質的に脱皮の間隔が長いとか、体が育たなくて脱皮できないとか」
「問題の子はどっちだろう?」
「わからないけど。見かけよりもう少し、大人よ。脱皮の回数でいくと……」
「人間風に言うと?」
「中学生に見えるけど高校生って感じ」
「てことは、補導はいらないかな?」
「道を踏み外しそうな青少年には違いないでしょ。暫く相手したいけど、この人工惑星にどれくらい寄港すんの」
「君の気が済むまで」
 にっこりと、紅姫は微笑んだ。
「だから好きよ、艦長」

 銀河はまた、人工惑星に来ていた。飛行中の宇宙船に忘れ物を届けるという、ドラゴンならではの小遣い稼ぎを終えたところだ。養うべき相手がいるのだ、たまには労働をしなくてはいけない。
 ふと、路地裏のバーに足を向ける。グヤバノジュースを飲んでいると、男が隣にやってきた。同種の臭いだ。
「君、発育不全だろ?」
 銀河は顔を背けた。
「いい薬がある。皆、これで無事に脱皮してるよ」
 テーブルに円柱形の容器が置かれる。
脱皮を早める薬は、簡単に処方して貰えないはずだが。
「このクリームを体に塗って暫く待つと、殻が上手く体から剥がれるんだ」
「いくら?」
 思わず聞いていた。
「タダでいい。でも条件があって」
 男は声を潜める。
「脱皮した殻を食べたい」
 脱皮殻は原則、自分で食べる。他人の殻を好んで食べる奴を、ドラゴン社会では「変態」と呼ぶ。
「君は殻の代わりに、栄養のあるものを食べればいい。脱皮用の場所も食べ物も用意しよう。どうかな?」
 カップに、幼い顔が湾曲して映っている。
「わかった」
 男は満足そうに笑う。
「先に少し、味見したいな。君の頬の内側の薄皮を、舌でこそげとって味わっていいかな」
 変態めと、銀河は胸中で呟いた。

 紅姫は少年を尾行していた。バーに入ったのも、路地のゴミバケツの裏で男とキスして別れたのも、見ていた。
 男を撮影して、警察本部に照会を依頼する。
 少年は食料を買って人工惑星を飛び立った。氷塊の間を器用に潜り抜けていく。スピードが速くて、紅姫は少年を見失った。運動能力が高い。
「ぶらぶらしてるのが勿体ない子だわ」
 機器を操作し、氷塊群に生命反応を発見した。
「二つ? あの子、連れがいるのかしら」
 紅姫は翼を広げた。

 氷塊の一つに着地し、銀河は人の姿になる。小さな穴に滑り込んだ先に、宇宙船の残骸。氷に突き刺さり、動けなくなったのだ。
「ただいま!」
 人間型の小さな女の子が、銀河に向かって両腕を伸ばした。銀河はその子を抱き上げる。
 事故宇宙船の、一人きりの生存者だ。宇宙船のデータは銀河には解読できない文字だった。宇宙連盟に加入した星なら共通言語を併用しているから、未開の星の船だろう。
宇宙船には大人の遺体があった。親だろうか。それらは別の氷塊に隠した。親の遺体と過ごすなんて辛すぎるから。
 食糧をテーブルに並べ「こんなのも買ったよ」と人形を置いた。彼女は食べ物に手を伸ばした。
 食事を終え、宇宙船の空調機器のメンテナンスをする。
 銀河は先飛行生物で、宇宙空間でも呼吸が出来る。先飛行生物の近くにいる地上生物も、呼吸が出来る。仕組みは不明だ。世の中ってのは、全てが解明できるもんじゃない。
 彼女は宇宙空間では生きられない。銀河の留守中は、この空調機器が命綱だ。
 小さな体が背中にもたれかかってくる。
「少し長く留守にするよ。空気がもつ間に戻ってくるからね」
 背中の彼女に、伝わらない説明をした。銀河の背に、指が模様を描く。
「くすぐったい」と笑って振り返ると、彼女は人形で顔を隠した。受け取ってくれたのだ。
 発見当初は震えて泣くばかりだったのが、少しづつ心を開いてくれる。だけどまだ、彼女の口からは言葉が出てこない。尤も、話しかけられても銀河には解らないのだが……。 
 彼女は寝ながら、時折うなされる。発する言語は、未知のものだ。その度に抱きしめて、「一人じゃないよ」と囁いた。
 彼女が寝付いた頃、寝床を抜け出す。
 待ち合わせた衛星の上に、あの男がドラゴンの姿で待っていた。
 男は体を横たえ、親が子を抱くように銀河の翡翠色の体を尾で抱えた。あのクリームを塗る。
「一晩で終わる?」
「勿論だ」
 なぜだか、とても眠たい。脱皮というのは、眠くなるものだったろうか。最後に脱皮した時には、両親が見守ってくれた。脱いだ殻をのんびりと齧りながら、体が硬くなるのを待った。また大きくなったねと、両親は優しく囁いてくれた。もう二度と戻らない時間だ。
 銀河は目を閉じた。可愛いねと、男の声が言う。君はとても美味しいよ、間違いない……固まる前の柔らかい殻は格別なんだよ、と。
「そうはいかないのよね」
 厳しい声に、銀河は目を開ける。紅に輝くドラゴンがいた。あの警察官だ。
「その子を放しなさい!」
 男が体を起こす。銀河は身動きが出来なかった。体の端が痺れていく。
「共食い糞野郎、絶対許さないんだから!」
 男の鋭い爪が紅のドラゴンに襲い掛かるのが、銀河が意識を失う前に見た最後の光景だった。
 気付くと、紅のドラゴンの腕に抱かれ、湖の中にいた。
 紅のドラゴンは銀河を抱きしめたまま、浮上する。岸に身を横たえ、銀河は「ここは?」と聞いた。
「近くの惑星に下りたの。クリームを早く落とさなきゃいけないから」
 脱皮は出来なかったのだ。
「あいつ、脱皮したての柔な体を狙ってたのよ。ねえ、知ってるわよね? 脱皮中は無防備だから、信頼できる相手以外は近寄らせたら駄目だって!」
 知っている。でも、脱皮したかったのだ。
 この大人のドラゴンには解らないのだ。自分だけ子供の体のままなのが、どんなに悔しいか……。
「あの男は前科があったわ。それはそれとして。あなた、申告すべきことを隠しているわね?」
 ぎくりとした。
「事故宇宙船を申告しないで、知的生命体を隠してるでしょ!」
 あの女の子だ。混沌とした宇宙空間では、個人の裁量が大きい。だけどあの事故は、警察に連絡するのが正解なのだと、銀河はちゃんと判っていた。
「世話したんだ、後で届けるつもりだったんだよ」
「後で? 母星に家族がいるかもしれないのよ。どれだけ心配してるか、想像できる?」
 銀河は口を閉じる。
「無傷でも、何かに感染するかもしれないのよ。どんな種族かもわからないのに! あなた、病気になっても何も出来ないわよね? 世話だなんて、よくも言えたもんだわ」
 反論の言葉は出ない。
「とんだお子様だわ!」
「僕は……」
「体の話じゃないわ、中身よ。やってることがてんでお子様なのよ! 脱皮すりゃ大人だなんて思ってないでしょうね? あんたは子供よ、どうしようもないガキよ! 未開の種族を拾って、自分を頼らなきゃ生きられない所に閉じ込めて満足してるのは、完全にお子様なのよ! 反省なさい!」
 銀河はぐったりと、地に顎を付けた。

 保護した女の子は、辺境惑星の文明生物だった。宇宙連盟未加入だが、交流のある星だったのが幸いして、母星にも連絡がついた。
 栄養状態は良好で、病気もない。精神的ショックで言葉は失っていたが、比較的落ち着いていた。母星の迎えを待つ間、彼女は警察の宇宙船で保護された。
 紅姫は少年を連れて、彼女に会いに行く。
 人の姿になり、少年は女の子の前にしゃがんで、言う。
「ごめんね。早く、帰りたかったよね」
 翻訳機がその言葉を彼女に伝えた。彼女は俯いた。
 少年は泣きそうに、顔を顰めた。本当にごめんなさいと、呟くように言う。
 彼女は紅姫の胸元を指さした。紅姫は胸元のペンを渡す。
 そのペンで、彼女は少年の手のひらに何か書いた。
「迎えが来るから、お別れを言って」
 少年は「元気でね」と呟いた。彼女は大人達に連れられ、部屋を出て行った。
「あなた、宇宙パトロールに入りなさいよ」
 少年は紅姫を見上げる。
「ドラゴンは能力高いから、重宝されるの。あなたなら、ちょっと勉強して試験受ければ大丈夫。ね? ぶらぶらしてるなんて勿体ないわ」
「僕は自由に飛んでいたいんだ。組織に縛られるなんてゴメンだよ」
 擦れたことを言う。
「その手のひら、見て」
 少年は手を広げて眺める。
「なんて書いてあるかわかる?」
「……この模様、文字?」
「なんて書いてあるか想像つくわ。伊達に経験積んでないから」
 好奇心を含んだ眼差しが、紅姫に向けられる。紅姫は翻訳機をかざして模様を読み取ると、少年にモニタを見せた。
「思った通りだわ。ほら」
 少年の緑色の目が揺れる。華奢な肩を優しく抱いて、紅姫は少年の耳元に
「その言葉。もっと沢山欲しくない?」
と囁いた。
 少年は手のひらを大切そうに握って。胸に当てた。

 宇宙パトロール艦・春風号は青磁色に輝きながら、優しい言葉を抱えた少年を待っている。

かしこ

サークル情報

サークル名:チューリップ庵
執筆者名:瑞穂 檀
URL(Twitter):@MayumiMizuho

一言アピール
久しぶりに底抜けに明るいものが書きたくて、宇宙パトロール艦・春風号のシリーズから、既存のキャラクターを持ってきました。本編はコミカルですが、今回は思春期の悩みが全面に出たようです。
他、読み切り短編やSSを発刊しています。

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