ある男の手紙

如何お過ごしでしょうか。大戦が終わって早十数年が経とうとしています。自由の身となり、名を変え、田舎で私は平穏に過ごしております。今でも、あの熱狂は何だったのか理解しかねております。物心ついた時には母はすでにあの男と再婚しており、私は彼の長男として籍に入りました。まさか彼が死の間際に私の籍を抜くなんて、養子縁組解消するなんて思ってもいませんでした。あなたが届けてくださった母の手紙を公開した事、あなたはきっと責めている事と思います。でも、私は逃げたくはないのです。この生は何人もの人々の犠牲の上にあるのです。あの後、全て正直に敵国の人たちに伝えました。我が祖国は敗北し、懐かしい首都は炎に包まれました。それを聞いた時の絶望感は今も私の中にあります。

愛した妹弟たちが父母の手によって殺されたと聞いた私はどうやって息をしたのかさえ忘れそうでした。愛らしかった妹たちの美しく柔らかい髪、見上げてくる瞳の清らかさ。それを思い出しては泣けてきます。母が忙しい時、リボンを結んでやった事、上の子のおさげ髪を手伝った事、全てが懐かしい。なぜ私もあの時連れて行ってくれなかったのかと今も父母を責めています。私は天国には行きません。父母と弟妹達のいる地獄に行くつもりです。神は私達を許してくださいません。あの熱を知っているのなら、神は許してくださらないでしょう。

この罪を抱えて私は生き、そして死ぬつもりです。あなたにだけはお伝えします。何も知らずに死んでいった弟妹たちの御霊やすかれ、と祈ってください。せめてあの子たち、六人の子供たちだけでも地獄から救ってやってください。それでは。

その手紙は書かれたのか、どうかは私は知らない。けれど生き延びてしまった彼の苦痛だけはわかる。操縦桿を握った日々を私は忘れない。ただそれだけだ。女としてはしたないと言われたが、パイロットとして生きた日は忘れたくはないのだ。あの手紙を受け取った時の彼の顔を私は忘れない。

サークル情報

サークル名:みずひきはえいとのっと
執筆者名:つんた
URL(Twitter):@tsuntan2

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歴史創作・翻訳中心のサークルです。

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