泡盛さん・猫

茶トラの猫がいる。白薔薇亭の一室に。
「えーっと、もしかして、トマス殿」
「はいそうです」
少年は、オーナーの弟にしてリース教授の養子のリチャードである。年齢は十二歳、見かけは九歳くらいの小柄な子供。実は中世イングランドの国王だった人間である。そして茶トラのにゃんこは…ブラックプリンスのお取り巻きの一人、ウォリック伯爵だった男、らしい。らしい、というしかない状態だ。
「わ、私は、ど、どうしたらいいんでしょうか、で、殿下の…」
挙動不審な茶トラ猫。ベッドの上でうろうろおろおろ…。
「慌てないで、落ち着いてください、トマス殿」
「殿下は」
「落ち着いてらっしゃいますよ、いつものように」
「は」
「というわけで行きましょう、階下に」
ひょいと少年に抱き上げられ、茶トラの猫はパニック状態になっていた。
「落ち着いて、トマス殿」
階段をゆっくり降りていくと…いた、猫が、もう一匹。サイベリアンによく似た長毛種の品のいい猫だ。抱えられていた猫も普通の茶トラよりは品がよく見える。
「なんだ、トマス、おまえもか」
サイベリアンに似た猫がそう話しかけてきた。
「で、殿下」
「ね、大丈夫でしょ、トマス殿」
少年はそう言うが。
「どこが大丈夫だ、おまえ」
白薔薇亭オーナーの元イングランド国王エドワード四世がそう言って溜息をついた。猫同士のお話もしっかり理解出来る弟にドン引き状態。
「兄上、相変わらずわかんないんだ」
「猫の話なんかわかるかよーーーっっ」
「殿下だよ」
「そうであっても、俺にはわからんっっ」
「こっちも落ち着けって言うべきなのかなあ…まあいいけど、兄上は放っておいても…」
「おい、リシィ…」
オーナーの掛け声はむなしく響くだけだった。
「いとこ殿―、二人分のキャットフード、よろしくねー」
「おー」
料理長・リチャード・ネヴィルの返事にオーナーはますますがっくりする。いつもの事なのだが。

「どうです、殿下、気分は」
「まあまあだね」
猫ミルクを飲みながら、猫、もといブラックプリンスというあだ名で呼ばれたエドワード三世の王太子殿下はそう返事なさっていた。
「トマス殿は」
「はい、大丈夫です」
トマスと呼ばれる茶トラの猫も落ち着いてミルクを飲んでいる。
「ホントか」
「殿下、勘弁してください」
その横で少年はジュースすすりながら、笑っていた。
「トマス殿はしばらくは無理でしょ」
「そ、その通りです…三世陛下」
ミルクを飲み終わって茶トラの猫はそう返事する。
「相変わらず、わけのわからん状態だな」
料理長はグラスにハブ酒を入れ、味わっていた。
「その酒、さ…」と白薔薇亭オーナー。
「何だ」
「あの二人が変身する前に飲んでいたやつだぞ」
「あー知っている」
「お前まで変身したらかなわん」
「安心しろ、アンがいる。変身しても大丈夫だ」
「どうだろ…」

「ねこ屋敷になるじゃないかーーーっっ」
目が覚めたら、料理長まで変身していたのだ、猫に。真っ黒い猫に、だ。
「いとこ殿、ご機嫌いかが」
「まあまあだな」
サイベリアンもどきに茶トラ、それに黒猫。またもオーナーは猫の話が分からない。全員なぜかすでに落ち着いている。茶トラはサイベリアンもどきの殿下猫に慰めてもらったのか、落ち着いていた。ごろごろにゃーんとしか聞こえないのだが、少年だけが冷静に猫たちに接している。代わる代わる抱き上げたり、撫でたりして…。その間もちゃんと話をしているところが…なんというか。
「なんでおまえはわかるんだーーーーっっっ」
絶叫。そしてベランダのマタタビに気付いた少年がやばい、と思ったのだが。
「あ、マタタビ…」
三匹がふぬけになって転がっている…。
「遠ざけなきゃ」
三匹、正常。
「戻る方法ねえ…」
いくら考えても…解らない。解らないが、試しに試しまくった。そして…ハブ入りの泡盛。

「よしっ、戻ったっっっ」
「殿下はね…」
「は」
ウォリック伯爵を名乗っていた二人の男は…茶トラと黒猫のまま、うなだれていた。
「次は何でしょうかねえ…」
「まあ、いい、こいつでいくか」
それはとあるマッドサイエンティストじみた学者が作ったゲロマズキャンディだった。黒猫は大男に戻っていた。茶トラは…戻らず。そしてパニック。
茶トラ猫が人間に戻ったのは実に一週間後で、その間、彼はリッチーくんことあの少年の家で飼いネコをするしかなかったのであった。何せ、殿下は…宇宙軍の幹部なのだからして…。ついでに白薔薇亭には危険な食材がたくさんあったりするのだ、サソリとかマムシとかハブとか…←食材か、これ。

茶トラ猫もといトマスは…
「殿下―っっっ、心配でたまりませーんっ、戦闘機壊さないでくださいよーーーっっっ」
と騒いでいるのだが…発情期のにゃんこの声にしか思えない。そのせいか雌猫が…そのたびに逃げ回る出家したての坊さんみたいな茶トラ猫。
「トマス殿、変な声、やめましょうよー」
「三世陛下はよく落ち着いていられますね」
「なんでもござれの人生だったもん。どうってことないよ」
「…ほんとっにお強いですね」
「アンのご先祖様とはとても思えないなあ」
「え」
「まあ、彼女はまあ、なんでもござれだったし…」
「私はただ、ただですね…」
「ああ、殿下なら、今日も元気よく戦闘機壊したよ、フランシーのブログによれば…大破らしいよ」
がっくり。茶トラ猫がうなだれていた…。いわんこっちゃない。