あんこの幸せ

「私はねぇ。水まんじゅうのあんこになりたい」
チヨは時折そんな風に、唐突に言いだす。カヨはいつも「ふぅん」と相槌を打ってから、「え、なんだって?」と聞き返す。
「暑い日にさ、どこか涼しい所はないかな、でもクーラーの風は嫌いだなって思うじゃない。そんな時に水まんじゅうを見ると、プルプルの中にあんこが涼しそうに居るわけよ。ああ、私もこの中で涼みたいって思うのよ」
「本当の水に中は?」
「私、水は嫌い。お風呂嫌い」
チヨはぶるっと首をふった。
「だから生まれ変わったら、水まんじゅうのあんこになるって決めたの」
「桜もちは? 柏もちは? 麩まんじゅうは?」
カヨがからかい気味に言うと、チヨは少し考えてから、答えた。
「夏は水まんじゅうで、他の季節は他のお菓子のあんこになるわ。ね、カヨもあんこになろう」
「嫌だわ、食べられるだけなんて。私は生まれ変わったら猫になるの」
うんざりした顔で、チヨは息をつく。
「誰でも言いそうなセリフね」
「いいじゃない。猫になって、おじいさんの膝にのってニャーンて甘えるのが幸せなのよ。こっそりサラミを食べさせてくれたりするの」
「サラミなんて太るばっかりよ。それよりも、私はこしあんになるから、あなたはつぶあんの、二つセットで並ぶのよ。どっちか一つじゃシマリがないわ」
チヨがあんまり熱心なので。じゃあ、一回くらいはつぶあんになるわと、カヨは答えた。夏の終わり。そろそろ水まんじゅうも食べおさめで、栗の気になる季節のことで。チヨはほっと安心したように息をついて。
「二つセットだと、一つの何倍も幸せなのよ」
と、小さな声で呟いた。

縁側に置かれたお盆の上に、並ぶのはおはぎが二つ。
開けられたガラス戸から入る陽は柔らかく、風は少し温い。
「葉が色づいてきたな」
お盆の脇に座って新聞を読んでいた聡太郎さんは、ふと顔をあげて呟いた。奥から清子さんが出てきて
「風が冷えてきたなら戸を閉める?」
と聞きながら、お茶のお盆を床に置いた。
もみじの柄の夫婦茶わん。それを見て、聡太郎さんは「すっかり秋の気分だな」といった。
日課の、三時のお茶。なじみの和菓子屋が休みの日以外は、こうして二人並んで庭を見ながらくつろぐ。温かい日は縁側で。寒い日は和室のこたつで。
「おはぎが売っていたら、もう秋よ」
「君はあの和菓子屋がなくなったら、季節もわからなくなるんだろうな」
にゃあと声がして、庭の敷石からひょいと身を躍らせ、茶色い猫が縁側に載った。そのまま聡太郎さんのあぐらの中にすっぽりおさまり、身を丸める。
「あなたの好きなつぶあんはこっち」
「見りゃわかるよ、おはぎはあんこが丸見えだ」
「親切で言ってるのよ、素直になって」
「ありがとう、あやうく君のこしあんを食うところだった」
聡太郎さんはお茶を飲む。清子さんは手を伸ばして、聡太郎さんのあぐらの中の、やわらかな毛のかたまりを撫ぜた。
「さみしそうだな」
「だって……チヨは結局、帰ってこないんだもの」
チヨはいつも清子さんの膝の上にのっていたのに。少し前にふいと、いなくなってしまって。
猫は最期を人に見せないというから、帰ってこないのはたぶん……。
「カヨ、ちょっとあっちの膝に座っておやり」
「いいわよ、そしたらあなたが寒いでしょ。すぐにお腹を冷やすんだから、カヨに温めてもらってて」
菓子楊枝で、清子さんはおはぎを切った。聡太郎さんはお茶をすすって、言う。
「さみしいなら、新しい子猫を貰ってこようか」
「だめよ。私たち、もう歳だから。最後まで面倒みられないもの」
しゅんとうつむき瞬きをして。清子さんは続ける。
「一番さみしいのはカヨよね。大切な姉妹だったんだもの……。いっつも、二匹一緒で行動してたのに」
「そうだなぁ」
聡太郎さんの手が、カヨを優しく撫ぜる。
「二匹一緒に貰って来た時は、あんなに小さかったのに。今じゃこんなにデカくなって。なぁ、猫も白髪になるんだな。ちょっと白いのが混じってるぞ」
「そりゃそうよ、何を今更……。男の人って何も気がつかないの。猫も人も同じ、歳をとれば変わるのよ」
ぱくりとおはぎを口に入れ。清子さんは口元を弓なりにして、おいしい、とため息。
聡太郎さんはそっと、清子さんのシワの沢山ある口元と、白い髪の混じる生え際をながめ。自分のつぶあんのおはぎを半分に切って、片方を清子さんの皿にのせた。
「どうしたの? 食欲ないの?」
「違う。君のを半分よこせ。たまにはそっちも食いたい」
おかしそうに、清子さんは笑う。
「昔、私がそれをやったら嫌がったくせに」
「いいじゃないか。うん、こしあんも悪くない」
「こしあん好きの私をお嫁に貰って正解ね。二つの味を楽しめる。二つセットは……」
「何倍も幸せなんだろう? もう何度も聞いているよ」
「何度でも言うわ。二つのお菓子、二つの味。一つでも幸せなのに二つもある! ああ、幸せ」
縁側のお盆の上に、半分になったおはぎが二つ。

夏が終わり秋が来て。カヨはおじいさんの膝の上からおはぎを眺めた。
一回くらいは、あんこに生まれ変わってもいいかもしれない。
二つセットは何倍も幸せだから。一つきりの和菓子より、一つきりの猫よりも。
できればまた、あなたといたい。

おわり


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サークル名:チューリップ庵(URL
執筆者名:瑞穂 檀

一言アピール
ショートショートを中心に書いています。今回のアンソロジーはほっこりな「和」を意識してみました。

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あんこの幸せ” に対して2件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    なんかこう……転生もののしんみり感を上手に使いながら、女の子同士のかわいらしさを出してきて……すげーなってなりました。

    1. まゆみ より:

      コメントありがとうございます。女子の会話(猫だけど)とか書くのが好きです。

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