へたないいわけ

 見ていて可哀相になるくらい、嘘がへたな女である。
 もじもじしながらドタキャンの言い訳を連ねている彼女を一瞥し、すぐに自分の爪の先に目線を戻す。あ、ささくれできてる、剥くと痛いかな。
 ため息をつく。びくりと怯えたように身体を震わせた彼女は、俺をおそるおそる見やり、怒った、と聞く。
「怒ってない」
「ほ、ほんと?」
 俺も俺で大概嘘をつくのがへた、と言うか嘘をつく気がないと言うか。ほんとうに俺が怒っていないと思いでもしたのか、彼女が肩の力を抜く。それがますます鼻につく。俺はおまえを許しているわけではないのに、そうしているような気がしてくる。それがとても、雨の日に水たまりに突っ込んだ靴を履いて帰宅する途中、みたな気持ちにさせる。
「あのさ」
 意識して硬い声を出すと、くちびるをすぼませて、俺を上目に見上げてきた。
「ほんとに俺が怒ってないように見える?」
「え……怒ってるの……?」
「怒ってるよ」
 鋭くそう告げれば、てっきり泣き出すのかと思った彼女は一瞬当惑したように一切の表情を顔から消し去ったあとで、また笑った。その顔色の変化に、今度は俺が困惑する。
「よかった」
 何がよかったんだよ。俺怒ってんだよ、おまえがしょうもない嘘ついてドタキャンを許してもらおうとか思ってるの、怒ってんだよ。
 二週間ぶりのデートだった。楽しみにしてなかった、と言えばそれこそ真っ赤な嘘になるから、特別気取ったりしないで言う、楽しみにしていた。それをこの女は、当日になってキャンセルしてほしいと連絡してきて、どうしようもなくなって、とりあえず理由を聞いてみた。そうすると、会って直接話したいのだと言われて、もともと会いたかった俺はのこのこと指定された待ち合わせ場所に来ているのである。それは、デートの約束から一週間も経ってからの話。
 そして開口一番、肌荒れがひどくて会いたくなかったのだと言われて、ああ嘘つくのへた、と思ったのである。
 だっていつもみたいに、つやつやのほっぺは丸いし、透明なうぶ毛が光を反射してきらきらしているし、肌荒れなんて絶対嘘なんだ。かわいい。
「何がよかったの。ほんとの理由はなんなの」
「え?」
「どうせ肌荒れとか嘘なんでしょ、友達? 男?」
 言いながら、女々しい、と思う。この、女々しいという言い回しがもうすでに差別であることは分かっていても、だ。俺はこの感情をほかにどう呼べばいいのか分からない。ぐじぐじと男の影を疑うのは、あんまりにも気概のない行為である。
「……あたしが嘘ついてるって思うの?」
 言葉に詰まった。その言い草はずるいだろう。前にどこかで、探偵だのなんだの使って浮気の証拠を掴んだときの男女別反応の違い、みたいな検証をテレビか何かで見たことがある気がする。男は言い訳をするのに比べ、女はこう言うらしい、「探偵を使うなんて、私を信じていないの?」と。
 信じるも何も疑って叩いてみたら案の定ほこりがたっぷり出てきたのにこの言い草はずるいだろう。論点がすり替わり、悪いのはこちら側になる。今まさにそれだ。
「嘘、っていうか……」
「ほんとだもん、鼻の頭におっきいにきびができたもん」
 いい年こいてもんもん言うなよ。
 鼻の頭におっきいにきび?
「……あのさあ」
「まだ疑ってるの?」
「鼻ににきびくらいで俺がおまえのこと嫌いになると思ってんの?」
 ほとほと呆れる。仮に鼻のにきびがほんとうだったとしよう。それが原因でドタキャンって、こっちこそ言いたい、俺のことを顔ににきびがあるくらいで彼女に幻滅するようなヤツだと思うのか、と問い詰めたい。
「そうじゃないよ……乙女心を分かってよ……」
 どうやら争点が違うらしいが、ここは俺も譲れない。
「めちゃくちゃデート楽しみにしてたのに、にきびごときでドタキャンされる男心はどうなるんだよ」
 待ち合わせ場所に、おまえがでっかいにきびを鼻の頭にこしらえてやってきたって、そんなの二週間ぶりに会えたんだからまるで気になるはずがないし、何ならかわいいとすら思うかもしれないのに。
「あたしはデートに集中できないからいやなの」
 ぷいと顔を横向けたその鼻をじっと見る。にきびのにの字もない。やっぱり嘘なんじゃないの。
「まだ疑ってるのっ」
「……今日はにきびないの?」
「ないよ。見れば分かるでしょ」
「じゃあ、集中できるよね」
「えっ」
 ふっと視線が絡んだ。そのまま頭を撫でると、顔が赤く染まって俯いた。指先をつかまえて、絡ませて握り揉み込む。
「三週間も待たされた」
「…………ごめんなさい」
 でもね、と赤くなった頬を持て余し気味に、そっと囁く。
「待たされた、って言われるの、うれしい」


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サークル名:notice me senpai(URL
執筆者名:宮崎笑子

一言アピール
とにかく何はともあれ、女の子と男の子がキャッキャウフフするお話ばかり。イベント初参加なので本は少ないですが、マネージャーを好きすぎるアイドルが空回りするお話や、ヤンデレもきわめればこうなるというお話を頒布します。

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