きょうの収穫

熟した果実のような色のランタンが並ぶ大通りは収穫祭ならではの熱気に満ちて、行き交う子供も大人も例外なく浮かれた顔をしている。甘い匂いに誘われ、色鮮やかなお菓子の店を見つけた藍が走り出した。彼女を追う私もつい口元が緩む。今夜中に街を発つのでなければ、たまには酒でも飲みたい気分だ。

 —

「これもちょうだい!」
 秋風を束ねた飴が、色の違う茎を重ねて編んだ丈夫な籠が、ジャムの空き瓶に詰め込まれたピクルスが、ボストンバッグに詰め込まれていく。
 これらはすべてランが買い求めたものだ。買ったものを預かるのは私の仕事。次第に総重量が重くなり、荷物持ちの中年男と身軽な少女の距離は徐々に広がってきた。
「遅い。ぼさっと立ってないで、ちゃんとついてきなさい」
 建ち並ぶ露店を物色する首の動きに合わせ、二つ結いにした長い黒髪がしきりに揺れていた。それは周囲の気配を探る触角のようにも見えた。

 藍は齢十三にして国内外に名を馳せる有名人だ。学校へ行かず遠出を繰り返しては、人々を苦しめる謎のクリーチャーを退治したり、悪事を働く人間を成敗したりしている。時には自身が争いの火種になるが、大抵は自分でねじ伏せている。
 もちろん平凡な少女ではない。人呼んで「風の魔女」。いにしえの術ではない何かによって、呪文も杖もなしに風を操ってみせるのだ。ほうきに乗って空を飛ぶことはできないようだが、空を飛び回る怪物を墜落させるくらいなら朝飯前らしい。
 そんな強気な魔女は今、雇われ運転手である私を伴い、国境に程近い山間の街を訪れている。元々は用事を済ませたらすぐに帰る予定だった。しかしちょうど収穫祭の時期と聞いた彼女が奮起した結果、本来の目的は計画より半日以上早く達成された。そして出発を夜半に控えた今日、夕方までに荷造りを終えた私達は、いよいよ人々で賑わう大通りに繰り出していた。
 私の頬に触れる心地よい風は、魔女の上機嫌が呼び込んだものかもしれない。

 商売熱心な店主が呼び込みにいそしんでいる。出し物の小屋から陽気な音楽が漏れ出してくる。酒を酌み交わす人々の笑い声がする。昼間から呑み続けている人もいるらしく、時に馬鹿騒ぎや罵声も聞こえる。その中でも藍の声は常によく響き、おかげで私は彼女を見失うことがなかった。
「ゼファール! 確かかぼちゃは保存が利くって前に言ってたわよね?」
 藍が次に目をつけた店には、その細い腕では到底抱えられない大きさのかぼちゃが並んでいた。
「確かにそのような話をしましたが、良い状態で保存するにはいろいろと条件があります。買うなら車に積み込める大きさのものにしてください」
「はーい。じゃあ今度はもっと大きい車用意させないと」
 喜怒哀楽のすべてを呑み込むように楽しむ姿は、やはり年頃の少女にしか見えない。
 ここには本当に遊びに来ているつもりなのか。私達の旅にはそうでないケースも多々あるものだからつい疑ってしまう。旅の目的を忘れはしなくても、今日ぐらい余計な策略は車に置いてきてほしい。
「荷物、あとどれぐらい持てそう?」
 私の考えは杞憂だったようだ。
 藍は既に別の店へ目移りしていた。気づいたときにはそちらへ歩き出していて、返答が届きそうにない。こちらも荷物の山が崩れない程度に歩みを早め、なんとか追いついた。
「お嬢さん、なかなかお目が高い。お父さんもこっちへおいで」
 手招きする商人の前に金属製のタンブラーが陳列されていた。どれも装飾を排し、使い勝手だけを追求したと一目で分かるデザインだった。
「ガラスのジョッキで豪快に呑むのもいいけど、家でゆっくり過ごしたいなら断然こいつだ。保温性は抜群、汗もかかない、いつでも飲み頃。どうだいお父さん、帰ったら一杯やるんだろ?」
「そうですね……」
「飲む暇なんてないから。この後の予定忘れた?」
「ええと、それは」
「でもモノは良さそう。このペアになっているのをちょうだい」
 口ごもる私をよそに、藍は購入を即決した。しかも丁寧な包装まで要求した。
「これはパパへのおみやげ。グラスはいろいろ集めてるけど、多分こういうのは持ってないと思うから。ゼファール、さっき預けた二つ目の財布を出して」
 発言を聞いた商人が目を丸くして私達の顔を見比べた。
 その人が何を思ったかはなんとなく分かったが、見なかったことにした。余計な弁明は事態を悪くすることの方が多い。

 会場の端まで行き着いて引き返す途中、私はふと空を見上げた。
 夕暮れの色は既に屋根の向こうへ溶け、色とりどりのランタンの他には暗闇しか目に入らない。すぐ目の前に吊された明かりが空気に色をつけるからか、今夜は一つも星が見えなかった。
 見えないと知ると寂しくなるものもある。
 たとえば今夜の星空。私の記憶が正しければ、今夜の天候なら秋の星座が良い条件で観測できる。今の世界は昔に比べて街明かりが少なくなった。よほど大きな都市か港でもない限り、街の中心から少し離れるだけで、肉眼で捉えられる星の数はぐんと増えるのだ。
 見えない方がありがたいものもある。
 たとえば今夜の空の向こう。この世界を蹂躙し人類から空路を奪った謎の怪物たちが、今もどこかを悠々と飛んでいる。気性の荒い個体がこちらに向かってくるなら警報が鳴り響くだろうから、今は気にしなくても良さそうだ。
「ねえ」
 冷たい風が首筋に追突するように通り過ぎていった。
 意識を地上に引き戻された直後、袋が擦れ合う音が耳に入ってきた。手元を見ると、まさに私が抱えている荷物に手を突っ込み、何かを探す少年がいた。
「……あの」
「えっ」
 幼い顔が私を見上げて顔をこわばらせた。
 私が声を掛けるために軽く息を吸った、その間に少年は走り出していた。その手には先ほど藍が買ってきた果物が一つだけ握られていた。
(盗られた)
 頭では理解しても、身体が次の行動に踏み切れない。荷物を放り出さずに走れる自信がない。
 私が早くも諦める方向へ考え始めたまさにそのとき、前方を歩いていた藍が振り向いた。それだけではない。彼女の足下から土埃の壁が立ち上がり、通り過ぎようとした少年の前進と視界を妨げた。
 周囲の人々が目を守ろうと構える中、魔女は優雅な動作で引き返し、少年の手首を捕まえた。
「こんなの盗んでどうするの。欲しいなら作ればいいじゃない」
「えらそうに言うな! 何も知らないくせに!」
「そうね、あなたのことは何も。でも今ひとつ分かっちゃった」
 土煙が動き出す。
 四方から吹きつける風が藍の頭上に集まり、茶褐色の尖塔を作る。
「あなたはそんなことをしなくて済む方法を知らない。ううん、方法があることを知らない。でしょ?」
 風がわずかに弱まった。土煙が夜空の下に広がり、ランタンを呑み込んだかと思うと、たちまちそれは少年を見下ろす大蛇の姿を描き出した。
 少年は果物を放り出し、泣きわめきながら逃げていった。今言われたことを理解できたかは分からない。藍自身も伝わったかなど気にしていないようだった。

 結局、藍は大通りを二往復していろいろと買い込んだ。両親への土産、家を目指す長旅に備えた保存食から、単に彼女の興味を引いたものまで。満足した彼女は探索終了を宣言した。
 ところが車を止めた場所へ引き返す途中、藍が急に立ち止まって私の方へ振り返り、こう言った。
「飲みたいなら飲めばいいじゃない」
 そして、先ほどまで飴がくっついていた棒で、醸造酒を配っているスタンドを指した。
「ちょっと前にここ通ったとき、あれ見てたでしょ。気になるならちゃんとそう言いなさいよ。わたしが自分のことしか考えてないとでも思った?」
「ですが、先ほどは今夜中にここを発つと……」
 酒を飲んだ後に車両を運転してはいけない。法律云々以前に危険な行為なのだ。そのことぐらいは彼女も承知しているはずだが、何を言い出すのか。
 以上の内容を簡潔かつ無難に伝えられないかと言葉を探していると、
「だったら運転しなければいいのよ」
「と、言いますと」
「方法なんていろいろあるでしょ。あなた考えて」
 結局私に丸投げだ。
 思わず吹き出してしまったが、意に介さないのか聞こえていないのか、藍は勝手にスタンドの方へ歩いていった。もちろん子供なので門前払いだった。
 話ぐらい聞いてくれても、とむくれる彼女の後ろに立って、説教の出だしを考えている顔の店主に声を掛けた。
「あちらの、瓶に入ったものをいただけますか」
「あー、はいはい。でもこっちはタダじゃないよ?」
「構いません」
 値札の表記を尋ね、持ち出せる本数とまとめ買いの値段を確かめ、話をまとめていく。その間は話についていけなかった藍が、私が財布を開く段になって割り込んできた。
「運転するから手を出さないんじゃなかったの」
 私は藍の頭に触れないように手をかざし、結った髪の表面だけを軽く撫でてから、こう答えた。
「これは労働の後の楽しみです」
 露店に並ぶ品々にはどれも生産者がいる。彼らが無事それぞれの仕事を終え、皆で喜び合い、分かち合うのがこの祭りなのだ。
 彼らの美酒をより美味しく味わうために、まずは私の仕事に取り組もう。もちろん安全運転で。


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サークル名:化屋月華堂(URL
執筆者名:Rista Falter

一言アピール
冒頭の140文字はファンタジー道中記『ストレイトロード』から既刊「ルート140」収録のツイノベです。今回はそれをプロットのように使って、旅する二人のささやかな寄り道を描いてみました。同様の手順で書いた短編集「the first junction」は今回がテキレボ初頒布となります。

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