月蝕~静かの海

ガーター騎士団 二次創作
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月蝕~静かの海

カンタベリーの夜空を見上げる。隣にはアルデモード夫人がいた。大聖堂の中庭。ハーブが植わった花壇。その奥には崩れかけた壁がある。その壁には見覚えがあった。
「スーパームーンには遠いですけど、満月ですわね」
夫人もまた、宇宙軍の礼服を着ていた。
「昔は夜空の月は不吉とされていた」
「東洋では神の天体ですわよ。恐れ多いので、直に見てはならないと言われていたとか」
背の高い女人。総裁よりも背が高かった。赤い髪が夜風になびいていた。
「どうやって月見していたんだ」
「池に写して…」
「池の水面に、か」
「そのために庭園を作ったといいます」
「誰にそんなこと」
「弟が話してくれました」
弟。彼女の弟は彼女の両親が養子に迎えたと言う人。
「あの子は宗教のこと、学んでいるんです、大学で」
「大学で、あんな幼い…ああ、そうか、中身は大人だったな」
「かなり不安定ですけれど、精神も肉体も」
白い礼服。その少年も白い礼服を着て後ろに控えている。距離を取ってこの会話さえも聞こえない位置にいる。
「夫人、宇宙軍は宇宙にあるものだろう」
「ええ」
「着任式は宇宙がいいな」
「殿下」
「ここでもいいかと思ったけれど…ここは私の終焉の地だ。終の棲家だ。出発の地ではない…出発の地は違うところにしたい。この星の上ではない、ところに」
「どうしてですか」
「私の前の時代の名前がどこにも残っているから、それではいけないか」
「小惑星にもついてますよ、ブラックプリンスと」
「それでも…宇宙は違う気がする、リッチー君」
少し、声を大きくして少年を呼ぶ。彼は即座に足元にやってきた。
「お呼びですか、殿下」
「月についた名前を教えてくれないか」
「姉様も知ってますよ」
ちらりとアルデモード夫人を見る。この女人がこの少年の姉にあたるのだ。
「月には何か名前ついたところがあるのだろう…君から聞きたい」
「はい、ここで、ですか」
「出来れば、早めに決めたい、ある行事のために」
「では…立体映像で月を映します」
タブレットを取り出し、操作をし、月を映し出す。
「触感も必要ですか」
「え」
「触れてもわかるように出来ます」
「頼む」
「はい」
ほぼ球形の物体が浮かぶ。
「これが月です。岩石惑星の一つで、地球の衛星というカテゴリーになります。地球の引力により、地球の周りを周回する星です」
「引力、ね」
「磁石のように引きつける力です」
「海の名前がついてる場所、あるのか」
「ございます」
「例えば」
「静かの海、危機の海、忘却の海…、とありますが」
「高くなっている…な」
かすかな高低差。それが即座に理解できるように、わざと高低差を比率を変えて表示してあるらしい。
「水はなくとも海と呼ばれています。岩石の色が黒く見えたため、海に見えたのかもしれません、高くなっていて地球とは逆ですが」
「静かの海…か」
「殿下」
「忘却の海も捨てがたいが…静かの海にしたいな」
「人類が月に足跡を初めて記した場所は静かの海、と伝わってますが」
海と呼ばれる場所に触れてみた。そして、あの女性教官でもある夫人の方に振り向いた。
「そこにしよう。そこに宇宙軍の施設はありますか、アルデモード夫人」
「ございます」
「小さな施設では困るが」
「ドーム内で最大のコンサートホールがあります、偶然といえば偶然ですが」
「ならば、そこにしたい」
静かの海の場所をそっと撫でる少年。
「そこか」
「はい」
静かの海。その一点に少年は触れていた。
「では、手配を願えますか」
「手続き致します」
夫人が去っていく。宇宙軍関係施設へと彼女は去っていくのだろうか。横にいる少年をみる。
「どうした」
「エドワード陛下の即位儀式に望んだみたいに思えます」
「陛下、ね…」
「はい。エドワード四世陛下の、です」
「それは君の兄上の…」
「僕はあなたのものと信じています」
少年の手にある儀礼用の杖。それを捧げ持って、少年はひざまずく。
「この国はイングランドか」
「いいえ」
「ならば…」
「ご自身の心の国はご自身で得てください。そう願っております、僕は。部下として」
「そうだな…」
大聖堂から離れ、研究所に戻るため、自動操縦の車両に乗り込んだ。少年とは別になっていた。トマスがそばにいた。彼もまた礼服を身に着けていた。人前で祈りを捧げる最後の儀式は終わっていた。これから先、人前で祈ることは許されない。そういう立場になってしまったのだ。

「静かの海、そこで、ですか」
お茶を入れながらトマスが聞いてきた。翌日の昼下がり、研究所の一室は二人きりで静かだった。
「うん…儀式まで時間はあるらしいが、トマス」
「カンタベリーに行くのは気がすすみませんでした」
「すまない」
「あなたの墓標を見たくはなかったんですよ」
「そういうことか」
「相応しい場所で安心いたしました」
「私は不本意だ」
紅茶に焼き菓子。研究所の一室。まだ二人は家を構えていなかった。
「訓練の結果、届いてますよ」
トマスがタブレット操作しながら言う。
「戦闘機に難あり、なのは知っている」
「そのうち慣れますよ」
「どうかな…宇宙もまた海に見えるな」
「そう例えてますよ、様々な人が」
「星は島か、言うなれば」
「岩石惑星なら…ガス惑星、恒星は扱いが…」
「科学知識も必要とはな」
「そういう仕事ですよ、殿下」
口に運んだ焼き菓子は美味だった。
「これ…」
「リース夫人お手製です」
「ああ…」
そっと頬を思わず撫でるとトマスが苦笑する。もう平手打ち食らってから何日も経っているのに、その痛みは精神面で残っていた。
「まだ残ってますか、ご気分的に」
「腹にも入れられたぞ」
「そこまで怒らせるとは…殿下」
「いざとなれば、母は強いな」
海。星の海。目を閉じると思い浮かんだのは、アキテーヌの、ボルドーの海だった。そして延々と続くブドウ畑。それに石造りの塔。
「今夜はリース教授が下さったボルドーのワインでも飲みましょうか。煮込み料理仕込んでありますよ」
「おまえ…」
「慣れるしかないですよ、自分でやれることはやります」
「伯爵閣下だったのに、か」
「その地位はここでは役に立ちません」
「よくそこまで…いや、私も王太子殿下ではないんだったな」
「殿下」
「私の人生に悔いはなかった。なのにここにいる。ここで出来ることはなんだろう…星の海は穏やかなのだろうか」
「それは…なんとも言い難いですね」
穏やかではない。トマスの言葉からそう思われる。
「船出が少し、怖いな」
そのつぶやきにトマスがふと、手をとめた。バスケットに入っている小さな焼き菓子。
「冷めないうちにどうぞ、クロテッドクリームとジャムもありますよ」
聞かなかったかのように、彼は違う事を言い出していた。白いクリームとストロベリーのジャム。
「これもリース夫人からか」
「ええ」
脇に置いたタブレットを操作し、トマスが地球を浮かび上がらせていた。
「この海は」
「太平洋です」
「大きいな」
「私達の時代の船では渡りきれないでしょうね」
「そうかな…やってみないと解らないかもしれんぞ」
「そう思いますか」
調べてみると言い出し、トマスがタブレットを操作する。
「…何千年も前の人類が渡りきって遺物、残していますね、ここから、ここまで…」
東洋の島から南半球の大陸まで、トマスの手が滑っていく。
「そらみろ、やってみなければわからない」
「前向きですね」
「そうかな」
カンタベリーの庭での事を思い出す。
「月を映し出してみてくれ」
「月…」
「月見がしたいんだよ、おまえと」
「月見、とはまた面白い事を」
「いいじゃないか」
なるべく大きく、月を映し出す。部屋一杯に広がりそうな大きさの月。
「この月、たまに地球の影で陰るそうだな」
「月蝕というそうですよ」
「そうか、それでな、この黒い部分を海と呼ぶそうだ」
そっと海に手を伸ばす。
「触感は」
「すみません、入れてませんでしたよ」
触れたところがぶれた。海に波が立つ。月の上に波が現れる。
「このままでいいよ、波のように見えるぞ」
「殿下」
「おまえの棺を見送った港を覚えている…波が高かった。冬だったし…月が陰っていくみたいだった…」
トマスは黙っている。
「泣くわけにはいかなかった、それだけ覚えている」
「私のために、ですか」
嬉しそうに、微笑む人。
「帰らない船は…どこに行くんだろうと思った」
「また何か聞いてらしたんですか」
「海の匂いを岸壁に預ける、まだ見ぬ船は海の藻屑に壁見ぬうちに、と博士が歌っていたんだ、前に。それ思い出した」
「心しておきましょう、星の海から帰れないこともありましょうから」
「そうだな…」
幸せになってください、とあの少年が言う。あなたが永遠に幸せでありますように、と。星の海の藻屑になったとしても、幸せであったことを忘れない。そう思った。
「誰が私の船を見送ってくれるんだろう…この世界で」
「どういう意味ですか」
「リッチー君がな、棺が船の形をした民族があったと教えてくれたんだ…金髪美人が眠っていたそうだ、大きな大陸の真ん中で。海の夢でも見ていたのかな、と思った」
「船の形の棺、ですか…」
「海に帰る、というのも悪くはないな、そう思っただけだ。星の海は…本心では嫌だけれど」
「年老いて退官してのんびり暮らす夢も見ていたいものですね」
「そうだな」
船が行く。どんな海原なのか、知れないけれど。船出は悪くはない。それだけはわかる。山の中の村落なのに、船の形の山車を使う祭もあるという。その人たちは海の神を称える。山に海神の名前をつけて。よき船出を祈る。全ての人生に。

北アルプスの名峰・穂高岳の「穂高」は海神の一族・穂高見命から取られた名で、穂高神社の祭は御船祭とも呼ばれている。


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サークル名:みずひきはえいとのっと(URL
執筆者名:つんた

一言アピール
歴史漫画の二次創作の作品。海は海でも・・・になってしまいました。

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