鉄花

 南部戦闘区域の植物園には掘り出し物が多いと、ゴミ回収業者の間では前々から噂されていた。実際に足を運んでみると、崩れ落ちた建物と、抑制を失って繁茂する木々の合間に、ロボット兵士の残骸が何体も寝転んでいた。
「このあたりは市街地からも離れているからな。見ろよ、手つかずだぜ」
 あくまでも見える範囲ではだろ、と一言挟みたかったが、収集車を運転しながら舌舐めずりをしているパートナーには聞こえそうもなかった。まるで肉を前にした獣のようだ。とはいえ、気持ちはわかる。国からの支援もあり、ゴミと化したロボット兵士の回収は結構な収益に繋がる事業だった。
 此度の戦争は、国の長同士の話し合いにより無血決戦が約束された。つまり、人間は誰一人として出兵せず、代わりにロボット兵士たちに陣取り合戦をしてもらったのだ。一年ほどで決着はつき、僕らの国が負けた。僕らは国名と言語と習慣を奪われ、相手国のそれらを押しつけられたが、今どきの携帯端末を使えば即時翻訳も容易なうえ、古めかしい習慣などはみんなとっくに飽きていたので、大した苦情も起きなかった。
 戦争なんて物騒なものを経験した割には、世間はすぐに平和になった。兵器や武装の名残は早々に片付けられ、誰も彼もそんなもの見たことも聞いたこともないかのように振る舞っている。戦闘区域に投入された膨大な数のロボット兵士たちは短期間でエネルギーが切れる仕様となっており、それら回収が推奨され、僕もパートナーも、そのブームの流れに乗ってこの業界に入った口だった。
 
 くたばっているロボット兵士を一体ずつトラックに乗せていく。人間よりも重いうえに動かない彼らを持ち上げるのはそれなりの労苦だ。しかし僕らにも経験が蓄積されていた。トラックの上にいるパートナーに受け渡していく作業を小一時間も行えば、十数体のロボット兵士を収集車に放り込むことができた。
 植物園は全体的に霧が深くかかっていた。毒ガスの類いが使われた形跡は無いし、ロボット相手にそんな武器が用いられるはずもないのだが、僕は用心のために防毒マスクを被り、パートナーに先んじて植物園の奥へ探りに入った。
 化け物染みた成長を始めていた植物の合間を縫って、開けた場所へと辿り着いた。破壊された柵の向こうに、寂れた桜の木があった。根元には故国のロボット兵士が一体、俯せで倒れていた。ひび割れたバイザーの中に剥き出しの基盤が見えた。人間の割れた顔を見ているようで気分が悪くなった。顔以外のパーツの状態は良好そうだった。
 辺りを見回したが、霧のためによく見えなかった。深入りは禁物だ。僕は落とさないように気をつけて、その兵士を背中に背負おうとした。
「……ください」
 突然の音声に僕のバランスが崩れた。
 兵士は地面に落ち、四肢を投げ出した。
「お逃げください……民間人はお逃げください」
 ロボット兵士は人間を傷つけることはできない。古いSF作家が提唱し、人間側が勝手に決めたそのルールを、兵士は未だに守っていた。
 金属の身体の奥からは何らかのモーターの回る音が出ていたが、兵士は警告音声を発する以外のことはできないようだった。
「生きているのか」
 言ってしまってから、そんなわけないだろうと、自分でも突っ込みたくなった。
 その兵士には見覚えがあった。戦争が始まるさらに十年ほど前に軍へ導入された機種で、軍事の世界では骨董品に近いものだ。ラッパを吹き鳴らす軍隊のPR映像の中で、兵士たちは颯爽と野山を巡り、ゲリラ相手に銃火器を振り回していた。機動力、戦闘力を誇るその姿に見惚れていたことを僕は不意に思い出した。
「どうした。何かあったのか」
 遠くからパートナーが呼びかけてくる。
 僕は咄嗟に桜の木の、洞の中へ兵士を投げ込んだ。
 端的に言えば気まぐれだった。
 子どもの頃とはいえ、かつて自分が憧れたものが、あのトラックに運ばれて高熱に溶かされ、鉄骨の一部に成り果てるのが、急に耐えられなくなった。
「こっちには何もないよ」
 洞の穴に枯れ草を突っ込むと、思いのほか良い偽装になった。少なくとも、鉄の身体は見えなくなった。
「もうみんな、持ってかれたんだろうな」
 パートナーと合流すると、そのように言い訳をして、僕らは再びトラックに向かった。桜の木は一度も振り返らなかったけれど、その寂れた姿は長い間、記憶の底でシミになっていた。

 数年後の春、国内のロボット兵士は全て片付けられていたと報道発表された。その頃には戦争の名残も世間からほとんどなくなっていた。
 忌まわしき記憶をなくして新しい時代を築く。僕らにとっての新しい長が発する言葉は聞き心地が良いもので、冷笑気味に捉えられても、真っ向から刃向かおうとする人は見られなかった。これが血で血を洗う戦いだったら、また状況は違っていたのかもしれない。
 僕らの代わりに散っていったロボット兵士たちは、余すところなく、今頃国内の戦後の補修工事に回されているはずだ。破壊され、機能停止になっても、兵士たちは死んだとは言われなかった。慰霊碑のひとつも立ちはしない。原形を留めなくなっても、再利用と言われるだけだった。

 国からの支援がなくなったことで、ゴミ回収業も打ち切りとなり、僕はパートナーと別れ、その日暮らしの浮かない毎日を送っていた。
 とある接客業のアルバイト先で客と喧嘩になり、納得がいかないと店長に詰め寄ると、翌日にはクビになった。正式に通達がなされると、何もかもがどうでもよくなった。平和と笑顔で溢れている世間にうんざりして、明日どのように生きるかも決めきれないまま、電車を乗り継いだ。
 都心部から離れ、南へ。海でも見ようかと思ったのだが、途中で気が変わり、誘い込まれるようにして、あの植物園へと足を運んでみた。
 かつて蔓延していたあの深い霧は、いつしか晴れていたらしい。冬を抜け、暖かくなりつつある空気が、優しく僕を出迎えてくれた。
 昼下がりの植物園の中はぽつりぽつりと人がいた。寂れていた頃の光景しか知らなかった僕には新鮮だった。歩いているうちに道筋を思い出すことができた。
 余分な繁りは刈り取られ、半円のアーチが小路を覆う。怖さはどこにもない。ベンチの上で、僕と同じように仕事の無さそうな人が、心配になるくらいの無防備な姿でいびきをたてていた。
 中央の広場に辿り着くと、あの大きな桜が見えてきた。あのときは枯れているようにも見えたのだが、節くれ立った枝が空に広がり、薄く赤らんだ花弁を広げていた。
 満開だった。偶然にしては出来過ぎなほど、堂々とした光景だった。
「今年のは格別ですよ」
 僕があからさまに呆然としていたからか、名前も知らない老人が目を輝かせて微笑みながら、僕に教えてくれた。
「まるで桜の下に屍体でもあるようですね」
「屍体?」
「古い文句ですよ。桜の花が赤いのは、根元に埋められた屍体から養分を吸い取っているからだという」
 話を聞いているうちに僕は、あの桜の洞にロボットを投げ入れたことを思い出した。
「屍体なんかいませんよ」
 つい口に出してしまった。
 老人が振り向く気配がしたが、僕は無視して、桜を見つめた。何が出来るわけでもないけれど、目に焼きつけておきたくなった。
 桜は春風に吹かれるまま、小綺麗になった園を包み込むように、目一杯に花弁を散していた。


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サークル名:鳴草庵(URL
執筆者名:雲鳴遊乃実

一言アピール
くもなきゆのみと申します。二作品目です。昔某コンテストサイトで投稿した作品を加筆修正しました。テキレボでは既刊の青春ものとSFものを持ち寄り予定。そして新刊のファンタジーを鋭意制作中です。お楽しみに。

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